海保機は、前日に起きた能登半島地震の救援のため、毛布100枚や非常食850食分などの物資を積んで新潟航空基地に向かう予定だった。 事故原因を調査する国の運輸安全委員会は昨年12月、中間報告にあたる「経過報告書」を公表。事故後初めて、海保機内で ...
羽田空港の滑走路で昨年1月、日本航空(JAL)と海上保安庁の航空機同士が衝突し、海保機の副機長ら5人が死亡した事故で、事故原因を調べる国の運輸安全委員会は25日、2度目の「経過報告書」を公表した。事故機と同型機を使った、中部空港(愛知県)や ...
上がJALのA350-900、下が海上保安庁のDHC-8-300(画像:乗りものニュース編集部/海上保安庁)。 2024年1月2日に羽田空港で発生したJAL(日本航空)機と海上保安庁機の衝突事故から2年が経過しました。この真相究明のプロセスを、どのように評価すべきでしょうか ...
仕事の関係で羽田⇄川崎の連絡橋へ。 晴れ渡る夏空の下、多摩川の水面と大師橋や羽田イノベーションシティを眼下に臨みつつ、昭和57年の日航機墜落事故に想いを馳せる。 大田区に生まれ56年の私ですが、初めて慰霊碑を訪れることが出来ました。
2024年1月2日、羽田空港の滑走路上で日本航空機と海上保安庁機が衝突し、海保機の乗員5人が犠牲になった事故から、すでに1年10か月以上が経った。 にもかかわらず、この間もJALでは航空事故や、パイロットのアルコールに関する不祥事が相次いでいる。